アラ還のマウンティング

年が明けてから、我が家にも年賀状が届いている。実家なので基本的に母宛。

 

今年は、その年賀状の管理(送った人と受け取った人で漏れがないかのチェック)を私がしていたのだけれども、作業しながら内容をパラパラと読んでいた。

 

家族写真やペットの写真を使っているものでは成長を楽しんだり、過去の私達姉妹の担任の中には年賀状のやりとりが続いている先生もいるので、今校長なのか〜、などと出世ぶりを確認したり、自分の同級生が母に年賀状を出している(同じ職場なので)ことに驚いたり、なかなかわたしにとっては嫌いではない作業だ。むしろ割と好き。

 

その中でえっ?と思った年賀状があった。犬のイラストが印刷され、年始の挨拶の言葉の入ったシンプルな年賀状だ。特に写真が載っているわけでもない。

 

こう添えてあった。

「6人の孫のジジババより。」

 

前後に特に言葉なく、ただそれだけが書いてあり、なかなかのインパクトがあった。わたしに。

 

私達3姉妹は皆アラサーだが、結婚もしておらず孫はいない。母は孫に会える日をいつかいつかと待っている状況だ。

 

その差出人と母の関係も知らなかったため、何か前後の文脈を察することもできず、母に聞くのもやぶへびな気がしてそうしていない。母が特に何も気にしていなければいいなと祈るばかりだ。まあわたしもわたしで深読みしすぎなのだろうけれど。

 

母よ、もう少し待ってくれたら誰か1人くらいできると思うので気長に待っていてください。

 

コイケでした。

風呂

バスコです。

今から風呂に行きます。

家にあったビニール袋にガサっとタオルと小銭を詰めて、地元の温泉施設なるものへと。

公衆浴場とでもゆうのだろうか?

 

友達の迎えを、待っています。

珍しく先んじて出たら、全然来ない、

あ、きた

 

 

 

というところまでが、20時過ぎあたり。

今は無事に友達とも合流して、風呂にも入れて、帰宅しのんびりしているところです。

 

露天風呂で、女友達4人。

それぞれがしんみり何かを考えてるのかいないのか、わからぬままみんな暗い空の月をみてぼんやりしていました。

 

もうすぐ正月も終わります。

また闘いの日々の、始まりです。

 

女だけど、ふんどししめなおして、

いや、やっぱり女なので、

Tバック食い込ませる感じで、

がんばりたい所存。

 

バスコ

2018年9回目の食事

新年あけましておめでとうございます。

気持ちも新たに、またツラツラと書いていきたいと思います。

  

さて、実家に帰省して5日目。なかなか豪華な食事が続いている。我が家はおせちを作らず、1月1日の朝ごはんにお正月らしい料理をお皿に盛って食べる程度なので、連日おせちが続いて…ということはない。とはいえしばらくの間食卓には、煮込み、なます、黒豆、などなど、余韻を感じる料理が残ってはいる。

 

ただ、大体1月3日の夜ごはんから雰囲気が変わる。ここからは正月じゃないぞ!という気持ちになる。いつの間にか我が家で定着していた。もう作ったのであとは食べるだけ。

 

今夜はカレーです。カレー大好き。

 

コイケでした。

謹賀新年2018

明けましておめでとうございます!!

バスコです。

 

1月1日。全てが許され、緩やかにすぎるべきだと思っている1日。

 

ここ数日あたまを悩ませ悩みとれぬまま、そのまま首回りのコリへと変化していた胸の煩わせごとも、

もういいや、と、

私は舞台のお仕事なんぞをやっとるものですから、

取り巻くいろんなものごとはもう考えてもしゃあないと。

 

作品に出るということは、

『その作品に自分が関わっている一員である』

というこのシンプルな答えをいつのまにやら忘れてしまっていたなぁと

思い出しました。

 

なにをやるにも、やらなきゃいけないにしても、

モチベーションの水底は、そこにあると。

 

ハッとひらめく元旦の風呂。

 

なんていっても、それはパッとひらけたようにスッキリするなんてことはなくて、それはまた地続き。

 

地道に、負けずに、踏ん張って、

闘っていきます。

 

そんなこんなで、コイケさんとまた頑張ってみようと決めたこのおブログ。

 

再び、のんびりですが、できる精一杯で頑張って。

書かせていただきたいと思います。

 

なにとぞ、お付き合い頂けたら幸いです。

今年もよろしくお願いいたします。

 

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写真は、新年一番最初に口にした、いちご大福。ほうじ茶とともに。

 

 

 

吸収ばかり

すっかり忘れてしまっていたが、せっかく思い出したので書いてみる。テーマに沿って書くというルールもすっ飛ばしてみる。

 

この連休、はっきり言ってかなり暇だった。土曜日曜に友人と軽く食事をした程度で、ほとんどの時間を1人で過ごした。

 

この暇な時間のほとんどを観ることに費やした。珍しく集中力が続いた。

『淵に立つ』から始まり、『たかが世界の終わり』と暗く鬱々とした気持ちになる映画を2本続けて観た後に『ブリジットジョーンズの日記』1.2で落ち込み、笑い、『舞妓Haaaan!!!』を懐かしみ、『はじまりのうた』で爽やかな気持ちの良さを感じ、『ナイスガイズ!』のライアン・ゴズリングのカッコ悪さに笑わせてもらい、そして最後に『ダンケルク』を映画館で観てその迫力とリアルな恐怖感に圧倒されてきた。

 

その帰りに西加奈子の『サラバ!』の文庫本が発売されていたので上中下巻を全て買って読む気満々で帰ってきたんだが、上巻を三分の一ほど読んだところで猛烈な焦りとモヤモヤ感に包まれたので何か発散せねばと、とりあえずダラダラとこうして書いてみている。

 

それと、ずっと買おうと思ってた、ごくごく飲むとき用の少し大きめのグラスをやっと手に入れた。早速、今日はそれに入れた牛乳を2杯飲んだ。この世の飲み物で1番美味しいのは牛乳だ。

吸収ばかりの連休だった。

 

コイケでした。

 

【悩み】色み

ヤスコです。

ご無沙汰しております。

いつのまにか、梅雨から夏への間みたいな季節になっておりました。

 

個人的なことでありますが、

今年はなるべく色のあるものを着てみようと思っています。

 

ここ数年、紺色や黒色を好んで着ており、またそれ一色で固めることもよくありましたから、

黒ずくめの女、という異名ももらったりもらわなかったりしていましたが

 

最近、カラフルなお洋服を着る方に立て続けによく出会いまして、

あっ、これいいなぁと。

 

なんとなく、今まで、カラフルなお洋服を着るのが恥ずかしい思いがあって、

 着ているものに負ける、というか

そっちの主張に自分自身が飲み込まれててんやわんやしそうだなぁ…となんとなく敬遠していたのですが、

 

みなさんが着ているカラフルなお洋服はとても本人たちに似合っていて、そして本人たちの魅力をさらにたっぷりと引き上げているようにも思えて、

ああ、なんだかいいな、やってみたいな

 

と思ったわけです。

 

しかし、色味素人としては、

なんの色が自分に似合うのか、とか、

どこまで色同士を合わせていいのか、とか、さっぱりわかりません。

 

これから、時間をかけて勉強していくことになりそうです。

 

では、あしからず。

 

ヤスコ

 

 

 

 

【悩み】側から見ると

かなり久々の更新になってしまった。一度サボると再開するのはなかなかに難しい。今度はぼちぼちくらいで書いていきたいと思う。

 

さて。

わたしの肌に関する唯一かつ圧倒的な悩みは毛穴の汚さだ。とにかく毛穴が気になる。年々開いてきているように思う。

 

特に鼻の周りの角栓がたまりやすい。これは、角栓が溜まるなんて現象は微塵もなかった田舎娘のころに流行った毛穴パックに憧れて、必要もないのにやってしまっていたせいだ。余計に開きやすくなるらしい。今も、我慢できなくなったらしてしまうが、控えめにしている。

 

毛穴パックをするまでもないが、角栓が気になってしょうがないときは、毛抜きで抜いている。この行為も肌には良くないのだろうが、同じ悩みを抱える人なら、割としている人は多いんじゃないかと思う。

 

毛抜きで目立つ角栓を挟んでピッとキレイに抜いたときの快感たるや…たまらなく気持ち良い。もう慣れているので、そこそこのスピードで、ピッ、ピッ、ピッと抜いていくことが多い。

 

昨夜も、鏡を見ながらせっせとその作業に取り組んでいた。一時的ではあるが、若干キレイになっていく鼻周りの毛穴を見るのは心地よかった。

 

その様子を、長期で泊まりにきている幼なじみが見ていた。泊まりに来ているとは言っても、彼女に関してはお客様歓迎のおもてなしなどは基本的にしておらず(逆に滞在中の炊事洗濯をしてくれるので最高)、各自自由に悠々と過ごしているので、お互いの行動に関しては特に気にしていない。それなのに、がっつり見ていた。

 

「そんなに早くいっぱい抜いて痛くないの?」と言うのだ。確かに彼女は肌がキレイなので同じ悩みはないのだろう、うらやましい。「痛くないよ、楽しいよ」と伝えたがふと違和感を感じたので一応伝えておいた。「鼻毛抜いてるんじゃないよ?」と言うと、彼女は心底驚いたようだった。衝撃。側から見ると、そこそこ早いスピードで次々に鼻毛を抜いていくアラサー女に見えていたらしい。どんだけ鼻毛出てるやつだよそれ。痛くないとか手練れすぎるでしょ。それにしても改めて文字で書くとなかなかのパワーワードで悲しくなってしまった。

 

美しさにつながる過程は、やはり人に見せて、素敵なものではないのだなと。それにしても、聞いてくれてよかった。いくら家族並みの付き合いとはいえ、鼻毛を人前で抜くやつだと勘違いされたままに過ごす羽目になるところだった。それは嫌だ。危なかった。

 

今日は友人宅にお世話になるので、同じことにならないように気をつけたいと思う。

 

コイケでした。